第32小節 大陸会議
神聖華音王国王都華音から東の方角に、イザヴェル・ハイエンドと呼ばれる城郭都市が存在する。
その都市は最初から生活用の都市として建設されたものではない。
1024年に神聖華音王国の呼びかけで設立された、神華大陸連盟の本部として創られた都市であり、管理する人が
いるものの、都市が使用されることは一年の内では、緊急招集があれば別だが、基本的には春と秋のたった二回。
それぞれの代表が都市に来ても、滞在期間はたった一週間前後でしかない。
神華大陸連盟のためだけに創られた都市でありながら、利用価値は驚くことに少ないのであった。
生活面を無視して創られこそすれ、全く娯楽がないというわけではない。代表者が滞在する宿舎には、暇という名の
大敵を潰すために娯楽設備が設けられている。
都市の中心部には一つの建物が置かれ、そこは議場として使われている。
もっとも、この都市が使用されること自体非常に少ないため、イザヴェル・ハイエンドの大きさはさほど広くはなく、小さ
な村を城壁がすっぽりと覆ったような形になっている。あまり広くないので、迷う人はほぼいない。いるとすれば、かなり
の方向音痴ぐらいだろう。
春にはまだ遠い時期だが、緊急招集がかけられ、各国から代表が相次いでやって来ている。
連盟議長を兼ねる、神聖華音王国代表の水瀬秋子、御音連合王国代表の小坂由紀子、風見連邦国の代表朝倉貞
純。そして、心葉共和国代表の保科智子。
風見連邦国は本来なら、風見白河家の人が代表者なのだが、神聖華音王国への配慮を踏まえ、代わりの代表者を
派遣している。
その理由は二つあり、一つ目は、風見白河家が先年に神聖華音王国が間接的に滅ぼした常盤王国の白河本家と親
戚関係にあることである。もう一つは風見連邦国内での反華音感情が高まりつつあると言うことだった。
そのため、風見白河家に代わって実質的に風見連邦国二位の勢力を持つ朝倉家の当主、朝倉貞純が代わりの代
表として選ばれたのである。
ただ、親族の芳野さくらが常夜王国と関わっている疑いがかけられているため、監視と補佐の両方を務めるべく、風
見連邦国随一の領土を持つ水越家当主の水越喜克が副代表として同行している。
一方で、心葉共和国の代表者は本来ならば来栖川玄雄であるべきなのだが、強硬派の台頭によって発言力を失い
つつあった彼は"創立祭の惨劇"の際、孫娘の芹香と綾香、その護衛であるセリオが常夜王国側に加わったということ
で非難を浴び、責任を取る形で辞職し、完全に失脚した。
その後、保科智子や坂下好恵などを中心とする強硬派が議会を掌握したのだった。
そのため、保科智子が代表となっている。
それらの代表者がイザヴェル・ハイエンドに集っている。
目的はいうまでもない。
復興を宣言した常夜王国への対応である。だが、誰もが討伐の一色で塗り固められるであろうと読めている。
内戦の戦いが行われた場所
案の定、議長である水瀬秋子は真っ先に、
「連盟に加盟している皆さん、遠路はるばるご苦労様です。緊急に招集をかけて頂いた理由は言うまでもなく、忌まわし
き常夜王国をどうするかです。私としては、討伐を強く望みますが――他の方々は如何ですか?」
と発言した。
それを受け、小坂由紀子は
「私としても討伐は賛成です」
智子も賛成を表明し、残る一カ国の代表団に視線が集中する。
自分が注目されているのを悟りながらも、貞純は迷った。
討伐すべきか、否か。
たった二つの選択。簡単そうに見えて、それは難しい。
賛成すれば、風見連邦国の信念どころか風見白河家の面目を潰しかねない。
かといって、安易に反対を表明するわけにはいかない。そうなれば、風見連邦国も敵と見なされてしまう危険性があ
る。そうなれば、神聖華音王国や御音連合王国、心葉共和国の三国を相手に苦しい戦いを強いられる。戦いが長引け
ば、連邦国そのものが瓦解してしまう。
(とんだ役目を背負わされたものよ)
未だに思案を繰り返す貞純を、喜克は苛立たしげに見つめた。
(所詮、朝倉も白河と同じ狢の穴か)
子の世代は仲が良くても、親の世代は全員仲良しというわけではない。名門としての意識が強いだけでなく、異端者
排除に同意的な水越家はことあるごとに風見白河家と影で対立を繰り返してきた。
そのせいもあり、風見白河家に同調的な朝倉家に対してあまりいい顔をしない。
「風見連邦国代表の朝倉貞純氏。一刻も早いご回答を願いたい」
秋子の声が響いても、貞純は一向に決めかねている。
それを見て、喜克の苛立ちは最高潮に達しつつあった。
(やはり、あの二家は当てに出来ん。鷺沢や工藤との連携を強めていかなければならんな)
鷺沢や工藤なら、自分達に協力してくれるだろう。連携が強まれば、風見白河家や朝倉家と対抗できるかも知れな
い。いつの日かあの二家を没落させ、風見連邦国を新しい方向に導いてやる。
そんな未来図を描いた。
やがて――
貞純は意を決したように顔を上げた。
「やはり、風見連邦国としては反た――」
言い終わらないうちに、喜克が言葉を遮った。
「賛成すべきです!」
賛成。これこそが、秋子の待ち望んだ答えであった。
「よろしい。満場一致で常夜王国討伐は可決されました」
その言葉を、貞純は肩を震わせながら聞いていた。
怒りは秋子にではなく、隣に座っている喜克の方へ向けられた。
いきなり立ち上がったかと思うと、喜克の胸ぐらを掴んだ。
「貴様! 代表である私を差し置いて勝手に賛成などと――」
一瞬にして唖然となる代表達。
空気中の学校で何を期待する
だが、喜克も負けはしなかった。
「何を仰る! 反対と言ったところで、虚しい抵抗だというのが分からんのか!」
「それならば、風見白河家の立場や我が国の理想はどうなる!?」
すっかり険悪なムードが漂い、護衛の兵士達が慌てて割って入り、二人を引き離した。それでも、貞純と喜克の口論
は終わりを見せない。
「お前の息子が風見白河家の息女と恋人になったから、風見白河家に肩入れするというのだな!?」
「それは関係ないことであろう!」
「黙れ! お前のような奴を亡国の輩と言うんだぞ!」
「それを言うのなら、我が国の理想を踏みにじろうとする貴様だって亡国の輩であろうが!」
「現実を見もせぬお前に何が分かるというのだ!」
いつ終わるとも知れない口論を見かねてか、秋子が口を開いた。
「そこのお二人方、落ち着きなさい」
議長にそこまで言われてはばつが悪いのだろう。口論を止めたが、二人はお互いの顔を見もしなかった。
「甚だ不愉快だ。私は出るぞ!」
言うが早いか、貞純は荒々しい足取りを引きずったまま、護衛の二人と一緒に議場を立ち去った。
「秋子様、どうしますか?」
自分の国から連れてきた記録係の言葉に、秋子は困惑を覚えた。
「……こうなった以上、朝倉貞純氏は風見連邦国の発言権を放棄したと見なし、水越喜克氏に全権を一任します」
重苦しい雰囲気を残したまま、代表としての全権は水越喜克に一任され、会議は再開した。
常夜王国討伐が正式に可決された今、会議は進められた。
四カ国連合討伐軍は華音軍十二万を主力とし、それぞれの国が一万前後の軍隊を派遣することになった。
「では――近いうちに討伐軍を起こすこととしたいのですが……」
「議長」
由紀子が手を挙げた。
誰かが手を挙げると言うことは、何か意見があるという証である。秋子は言葉を止め、由紀子の顔を見た。
「小坂由紀子氏、何かご意見ありますか?」
「はい」
由紀子はおもむろに立ち上がった。
「討伐軍の派遣自体には問題ありませんが、一つだけ気になることがあります」
「それは何ですか?」
「神州帝国です。こことは交流がないので確かなことは分かりませんが、ここの情勢を知っていたら、動き出してもおか
しくはないかも知れません」
場は水を打ったような静けさに包まれた。
ここにいる人は誰もが神州帝国の存在を知っている。かつて、神聖華音王国が帝国に対して反乱を起こした貴族を
支援するために兵士を派遣したのだが、それが仇となった。
誰が条約を作る力を持っている?
神聖華音王国とは異なり、他種族の存在が認められているため、結果的に二つの国は相容れない存在となってい
る。当然のことながら、神州帝国が存在する葦原列島に上陸した華音軍は、そこで異種族の原住民を殺害するという
行動に出てしまい、それが原因で二つの国は敵対関係となってしまっている。
海を挟んで東洋の彼方に位置するため、緊迫関係は未だに続いているものの、二国間で戦争が起こったことはな
い。
しかし――
由紀子の言葉通り、神州帝国が密偵を派遣でもしていれば、ここの情勢を知り、兵を動かしてもおかしくはない。
そうなれば、神州帝国と常夜王国の両方から攻められる危険が高い。
外航貿易を行っている御音連合王国でさえ、神州帝国と交易を行っていないが為に情勢を全く把握していない。
謎の沈黙を守り続ける不気味な国。
それが、御音連合王国の下した、神州帝国への評価である。
「確かに、神州帝国の動向を把握しておく必要がありますね」
そうは言ったものの、秋子は内心あまり重く見ていなかった。
あの派兵が行われたのは、今からおよそ八十年近くになる。当時は"不死皇帝"御神竜起が統治していたが、かなり
の月日が経った今では、代替わりしているかも知れない。
そうでなくても、我が国に対する恨みを忘れているだろう。
それでも、不安を拭いきることは出来なかった。
彼女の言う通り、神州帝国の動向を確かめる必要があるだろう。
そう判断した。
「由紀子氏の言う通りです。使節団を神州帝国に派遣し、様子を見てから討伐軍を動かしましょう。この決定に異論は
ありませんか?」
反対を唱えるものはいなかった。
「では――今回の会議で決まったことを纏めましょう。
まず、我が国から十二万、他の国は一万程度の兵を出し、常夜王国を攻める。
但し、その前に神州帝国の動向を探ってから、神州帝国が動かないようであれば、予定通りに兵士を送る。動くよう
であれば、再び臨時招集をかけ、対策を練ることにします。
以上です。……よろしいですね?」
異議ありという声はなく、臨時に開かれた大陸会議は幕を閉じた。
ただ一つ。朝倉貞純と水越喜克の間に生じた不和を除いて。
そして――
「隊長。華音は我が国へ使節団を送るようです」
「それは確かか」
「はい。遠く離れているため、秋子本人が転移魔法を使い、使節団数人を送るという形です」
「あいつならやりかねんな。送る日時は分かるか?」
「現在、
「沙なら、問題はあるまい」
彼女ならば、能力をうまく使いこなし、ほぼ間違いなく探れるだろう。
なるべく細かい日時を掴み、それを報告しなければならない。
でないと、主達の計画に支障が出る可能性がある。
「――それと、凱からの連絡によると、朝倉貞純と水越喜克の間に溝が深まっているようです」
ほう、と隊長は頷いた。
二人の対立は前からしばしば見られていた。
最大の領土を持ちながら、三番目の地位に甘んじなければならない水越家。それに対し、二家合わせても水越家に
及ばない領土を有していながら実質的に風見連邦国のトップとその次席に君臨する風見白河家と朝倉家。
そんな二家を、水越家が面白く見ているはずがない。水越家と風見白河家・朝倉家の確執は必然と言えた。
「そして、水越喜克は刺客を向かわせたようです」
暗殺の標的が誰なのかは、聞かなくても分かっていた。風見白河家の人が代表に選ばれていない以上、本国へ暗殺
者を送り込むのは時間がかかる。
考えられるとすれば、ただ一つ。
「狙いは朝倉貞純の命……か?」
部下の一人、駿が頷く。
「幸いなことに、暗殺は不首尾に終わっております」
「それもそうだろうなぁ」
主から新たに下された命令の一つが、昴と水葉の転生者の護衛。但し、堂々と護衛するのではなく、陰から密かに守
るべし、という意味である。
歴史の影で活躍し続けている彼等にとって、その命令は苦痛にはならない。
彼等の活動が日の目に当たることはないが、歴史の裏で、常に歴史を動かしている。それ故に、ここに派遣された。
朝倉家と風見白河家も護衛の対象に入れ、朝倉貞純が風見連邦国の代表として大陸会議に赴くことになった時、凱
を護衛兵の中に加えさせたのである。というのも、純一が朝倉家の人であることを利用し、凱のことを知っている彼に、
凱を護衛兵として雇わせるように仕向けさせていた。
水越喜克による朝倉貞純暗殺を失敗に終わらせただけでなく、会議の内容は凱から報告を受け取っていたのだっ
た。
「とにかく、活動を続けろ。私はこれから陛下に報告をしてくる」
「はっ」
こうして、大陸会議のあらましは包み隠さず竜起の耳に入ることとなった。
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